くらしき作陽大学では、大学が立地する周辺の市民に、地元の食文化をあらためて見直し、地元の食材を使った郷土料理の良さを認識してもらうために、平成21年度より「郷土の食文化」シリーズ公開講座を開催してきた。本講座は、平成21~22年度にかけての2ヵ年で全10回のシリーズ開催をするところに特徴があり、全講座を履修した市民に対しては、大学から履修認定書を交付するなど、継続的な地域食文化の啓発に努めている。
本年度も引き続き、第6回目から第10回の公開講座、「郷土の食材を使った食生活の創造」、「和食のすばらしさをさぐる」、「食事を楽しくする知恵を学ぶ」、「郷土のご当地グルメを見直す」、「これからの郷土の食文化をさぐる」をテーマに行う予定である(詳しくは、年間計画パンフレット)。(社)日本フードスペシャリスト協会の助成をいただいた今回の公開講座の内容は以下の通りである。
午前10時の開講に先立ち、恒例として15分間、本大学の音楽部の学生たちによるミニ演奏会を開いている。待ち時間の間に、楽器の調べで、公開講座の雰囲気作りに大いに貢献している。
講演する魚柄氏
講演者:食生活研究家、エッセイスト・魚柄 仁之助氏は、「うおつか流台所リストラ術」(1994年)を出版して以降、家庭における食生活について、説得力のある警鐘と斬新な考え方を促す著作を次々と公表してきた。幼少期に実家が仕出し料理屋であったこともあり、自ら調理を実践し、体験を通じた食生活の重要性を説く姿勢に、多くの聴衆が話に聞き入っていた。
魚柄氏には、表題にあるとおり、ややもすると、外食に走りがちな今日の家庭の食卓を改めて見直し、明日に向けて健全な食卓をどのように作っていけばよいかの視点でお話いただいた。講演の内容は概ね次のようであった(文責 原田節也)。
昔のクラシック音楽は、現在の音楽のもとになっているものが多い。音楽が世界に広がっていく間に、その時代、その地域の感性にそってアレンジされる。食文化も似たようなところがあり、今日の日本料理も源流をたどれば、中国や東南アジアの食文化に行き当たるものが多い。
昭和初期の頃の家庭では、今日のように電気冷蔵・冷凍庫や電子レンジなどがなく、都市の家庭でも食材の保存にさまざまな知恵があった。その頃の家庭雑誌を調べてみると、実に多彩な家庭調理法が紹介されている。調味の工夫も考えられているし、保存法についても様々ある。当時の保存の基本は塩蔵や乾燥(干物)などであるが、特に、干物の知恵に学ぶべきことが多い。現在は、調理器具の発達で便利になっているが、冷蔵庫でモノを腐らし、結果的に生ごみに化けてしまうことも多い。残りもの野菜などをすぐに冷蔵庫に入れるのではなく、乾燥利用することも重要である。乾燥させれば、相当日持ちもする。自分もスーパなどで安い食材などが手に入った時などは、残り物を包丁で調理して乾燥保存しておき、インスタントな味噌汁具材として使っている。
自分は米を仲間と共に、直接農家から購入している。今の農家は、到底、農業だけで暮らしていけない人々が多い。美味しくて、安全な食材を得るためには、それだけのお金を払わなければならない。農家の暮らしがなりたたないような価格を求めるのは、消費者のエゴである。
講演会場の様子
人間の体は、本来、危険な食べ物に対して自己防衛機能を持っている。匂いや味でかぎ分けるのはもちろんだが、胃には強酸性の胃液があって、多くの菌はここで殺菌される。O157が大きな問題になったが、通常の健康体であれば、阻止できる可能性が高い。子供や年寄りなどが罹患するのは胃液分泌が少ないためであり、大量の水を食事と同時に摂取することも胃酸濃度を落としていることになる。正しい食べ方と食生活で健康生活を送ることが基本である。
出品料理を説明する
高松農業高校の皆さん
人間はものをよく噛むことによって、唾液が分泌し、味の認識もできる。私の調査によれば、最近の若い人たちは噛む回数が減ってきている。私もハンバーガーを何回噛めるか挑戦してみたが、噛むほどに、口の中がおかしくなって、水を飲まないとそのまま飲み込めない。どうも、ハンバーガーは、数回噛むと味が口の中にすぐ出てくるので、コーラなどで流し込むのがよさそうに思えた。このように、食べ物によって味の嗜好が変えられている面があり、昔のように、よく咀嚼して微妙な味を味わうという食べ方は減ってきたように見える。
シリーズ公開講座では、講座のテーマに即して、地元の食品企業、団体、そして、学校などに協力をお願いして、各種の食品や料理を出展してもらい、講座参加者に試食してもらう企画を組んでいる。今回は、特に、郷土の食材を生かした創作料理をテーマに、若い人たちの創作や主婦層のグループでの工夫料理に焦点をあて、下記の方々にお願いし、出展してもらった。
出展ブース前にて
もともとインドネシアの郷土料理である大豆発酵食品「テンペ」を使った豆腐や菓子などを高校生が工夫して作った。納豆同様、テンペは機能性成分が多く含まれるが、好き嫌いが高い食品であるため、その普及にさらなる工夫が求められていた。普段、よくたべられる豆腐や菓子類に加工することにより、摂取のしやすさをねらったものであり、ブースには多くの人が立ち寄っていた。特に、高校生たちが交代で、舞台で出展食品を紹介した時に、観衆から一段と大きな拍手をもらっていたことが印象深かった。
おこわの試食
「おこわ」と言えば、小豆が相場であるが、上記の生活交流グループは、昔からあった大豆飯に工夫をこらし、現代風に「くらしきおこわ」として完成させ、県内の催しなどで出品し、表彰も受けた料理である。地味な色合いながら、現代風の味付けに工夫がこらされ、試食者の評判は高く、地域のブランド食品としての成長可能性が感じられた。
スープの試食風景
玉島地域の商店街のおかみさん達で構成される「おかみさん会」は、これまで町おこしにいろいろ活動している団体である。同会では、商店や家庭の台所で出てくる残りものの「くず野菜」を種々組み合わせて、おいしい料理ができないかを工夫し、今回、地域の特産であるイリコ出汁をうまく使った夏向きのスープを創作した。独特のうまみの香りを引き出し、風味豊かなスープに仕上がり、短い時間で試食分がなくなるほどの人気であった。
おからペースト餡の試食
豆腐製造の残渣物である「おから」は、栄養的にみても優れているが、ざらざらした食感が特に若い人たちに受けず、大半が有効利用されていない。そこで、当大学の釘宮ゼミでは、滑らかなオカラの食感を出す技術を工夫し、これを素材に各種果実や人参、カボチャなどを組み合わせた餡をいろいろ創作し、その一部を提案した。多くの参加者はオカラとは気づかずに試食しており、今後の活用範囲が広いものになる予感があった。
低カロリーバーガーの試食
こんにゃくは低カロリー食品として、若い女性には人気があるが、その消費を拡大するために、バーガーなど若者向きの食品に使えないかと、大野ゼミで取り組んできた。そのひとつとして、鶏肉のから揚げ風に似せたマンナン処理をほどこすことにより、バーガーとして利用できることを見出し、今回の展示会に出品した。見た目も食感もまさに「から揚げ」であり、多くの参加者に人気を博し、この出展物もごく短時間で試食分が底をついた。
講演会終了後、参加者にアンケートをお願いし、43名から回答を得た。
(1)回答者の属性
性 別:男性=23.2%、女性=69.8%、不明=7%
年齢別:60歳未満=23.2%、60歳代=32.6%、70歳以上=44.2%
(2)講演に対する印象
①とても良かった=60.5% ②良かった=23.3% ③普通=4.7% ④その他=11.6% と分布し、「良くなかった」や「悪かった」の回答はゼロであった。
また、自由記入式で講演に対する印象を尋ねているが、概ね、①話がわかりやすかった。②自ら実践している話なので説得力があった。③話の内容がためになった。などの内容に尽きる。
公開講座も第6回を数えると、それほど数は多くないが、連続出席する受講者も徐々に増えてきており、公開講座も地域に定着してきたのかなと、関係者一同喜んでいる。特に、今回の公開講座は(社)日本フードスペシャリスト協会の助成をいただいたおかげで、講師への謝金の手当てもつき、試食会へ出品してもらった高校や地域の婦人グループに対する経済的負担を軽くすることができました。最後になりましたが、厚くお礼申し上げます。